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【データから読み解く】収入と幸福度の関連性

「年収7万5000ドルで幸福度は頭打ち」という説がありますが、果たして本当でしょうか。収入と幸福度の関連をめぐる論争を、ノーベル経済学賞受賞者として著名なKahnemanによる研究を軸に、最新の批判的検討を含めて整理します。

大坪快 2026年4月14日 CC BY 4.0 およそ8分
データから読み解く 収入 幸福度
【データから読み解く】収入と幸福度の関連性

お金で幸せは買えるのか?

お金で幸せは買えるのでしょうか?誰もが一度は考えたことのある問いだと思います。大抵の幸せはお金で買えると考える人もいれば、「お金で買えない幸せ」こそが大事だという意見もあるでしょう。また、収入と幸福度がどのように関連するかという問題は、企業が給与設計を考えるうえでも重要です。

収入と幸福度の関連については、経済学や心理学の分野で多くの研究が行われてきました。すでによく知られている研究も多いテーマですが、この記事では、収入と幸福度の関係について、代表的な研究と近年の議論を簡潔に整理します。

年収の効果は7万5000ドルで頭打ち?:Kahneman & Deaton (2010)

このテーマで圧倒的に有名なのが、Kahneman1とDeatonによる2010年の研究です(Kahneman & Deaton, 2010)。この研究では、Gallup社が実施したアンケート調査に回答した45万人以上のアメリカ市民のデータを利用し、収入と幸福度の関連を調査しました。

彼らは、幸福度の指標として、感情的ウェルビーイング(Emotional well-being)と、人生評価(Life evaluation)の2つを採用しました。感情的ウェルビーイングは、回答者が前日に幸福感や楽しみ、心配などの感情を経験したかどうかを尋ねることで測定しました。一方で、人生評価は、回答者が、自分自身の人生をどの程度良いものと評価しているかを尋ねることによって測定しました。

2つの指標と収入の関連を分析した結果、興味深い傾向が明らかになりました。人生への認知的評価である人生評価は、収入が増えるほど単調に上昇する傾向が見られた一方で、感情的ウェルビーイングは、年収7万5000ドルを超えると上昇が頭打ちになる傾向が見られたのです。つまり、年収7万5000ドルを超えてしまうと、それ以上収入が上がっても、ポジティブ感情がより経験されるようにはならないという結果です。

2010年時点で7万5000ドルは約675万円なので、年収7万5000ドルは、飛びぬけて高収入という額ではありません。そのような比較的一般的な年収で幸福度が「上がりきってしまう」という結果は、驚きをもって受け取られました。

この研究が、日本でもよく知られている「年収の効果は7万5000ドルで頭打ち」説の元ネタです。彼らの論文は2026年2月時点で5000回以上引用されています2

年収の効果は7万5000ドル以上でも持続する:Killingsworth (2021)

その約10年後、Kahnemanらの研究に反論したのがKillingsworth (2021)です。この研究では、幸福感の測定のため、参加者がある時点での感情や思考をリアルタイムに回答する経験サンプリング法(Experience Sampling Method: ESM)が採用されました。

Killingsworthは、3万人以上の参加者に、1日のランダムなタイミングでスマートフォンのアプリを通じて通知を送り、その時点での感情を報告してもらいました。この方法は、前日に経験した感情を思い出させるKahnemanらの手法よりも正確性の面で優れています。

そして、合計約172万件にのぼる大量のリアルタイムデータを基に分析を行ったところ、Kahnemanたちとは異なる結果が見られました。すなわち、日々経験される感情的ウェルビーイングは、年収7万5,000ドルを超えても上昇し続けていたのです。

Killingsworthは、Kahnemanらの研究で「頭打ち」が見られた原因は、天井効果(Ceiling effect)であると考察しています。天井効果とは、データの分布が上限値付近に集中してしまい、介入などの効果が見えなくなってしまうことです。Kahnemanらが用いた調査では、特定の感情を経験したかどうかを「はい」か「いいえ」でしか回答できませんでした。特に高所得帯の参加者では、ほとんどの参加者が幸福な感情を経験したと回答したため、一定の年収以上の幸福度の上昇効果がかき消されてしまった可能性があります。実際にデータを見てみると、年収7万5000ドル付近の参加者がポジティブな感情を報告した割合は8割を優に超えており、質問設計の問題によって効果が見られなかったという説明にも頷けます。

KahnemanとKillingsworthの敵対的コラボレーション

この論争は、KahnemanとKillingsworthの共同研究という形で決着します(Killingsworth et al., 2023)。異なる意見を持つ研究者同士が共同研究を行うことで、焦点となっている問題の解決を目指すことを敵対的コラボレーション(Adversarial collaboration)と呼びます。

彼らは共同でKillingsworth (2021)のデータを再分析することで、論争の解決を試みました。その結果、KahnemanらとKillingsworthの主張はどちらも部分的には正しかったということが明らかになりました。

どういうことなのでしょうか。彼らは、参加者が特定の収入グループの中で幸福な人なのか不幸な人なのかに注目しました(ベースラインの幸福度)。そして、ベースラインの幸福度別に、収入の効果を検証しました。

すると、興味深い結果が得られました。もともと幸福度が低い不幸な人々の間では、収入による幸福度への効果は頭打ちになっていました。つまり、ある一定の収入を超えると、幸福度の上昇が止まってしまうという傾向が観察されたのです。他方で、もともと幸福度が高い幸福な人々の間では、収入が上がるほど幸福度が上がり続ける傾向が見られました。つまり、幸福度の上昇が止まる「壁」は、幸福な人々の間では存在しなかったのです。 まとめると、この論争を通じて「収入が幸福度を上げる効果は、不幸な人々の間では一定の額で頭打ちになるが、幸福な人々の間では頭打ちにならない」ということが明らかになりました3

最新の展開

ここまでの論争の内容は、いくつかの書籍や記事で紹介され、研究者以外にも広く知られています。しかし、Killingsworth et al. (2023)の結論には批判もあることはあまり知られていません。

例えば、Rohrer & Wenz (2024)は、敵対的コラボレーションの試みを評価しながらも、彼らが非現実的な統計的仮定を置いていることや、収入と幸福度の関連に影響するその他の要因(交絡要因)の存在を無視していることなどを指摘しています。また、Arslan (2024)はKillingsworthらの統計的手法の選定を批判し、再分析を行った結果、低収入層における「頭打ち」説への支持は強くないと指摘しています。Killingsworthらの結論は、決して未来永劫不変のものではなく、今後も検証されていくべきものであることに注意する必要があるでしょう。

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引用文献

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  • Arslan, R. C. (2024). The miseries that remain may yet be alleviated. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 121(46), e2314207121. https://doi.org/10.1073/pnas.2314207121

  • Kahneman, D., & Deaton, A. (2010). High income improves evaluation of life but not emotional well-being. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 107(38), 16489–16493. https://doi.org/10.1073/pnas.1011492107

  • Killingsworth, M. A. (2021). Experienced well-being rises with income, even above $75,000 per year. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 118(4), e2016976118. https://doi.org/10.1073/pnas.2016976118

  • Killingsworth, M. A., Kahneman, D., & Mellers, B. (2023). Income and emotional well-being: A conflict resolved. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 120(10), e2208661120. https://doi.org/10.1073/pnas.2208661120

  • Rohrer, J. M., & Wenz, S. E. (2024). Inappropriate causal assumptions underlie Killingsworth, Kahneman, and Mellers’ conclusions. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 121(46), e2313712121. https://doi.org/10.1073/pnas.2313712121

注釈

  1. Kahnemanは、行動経済学を創始し、ノーベル経済学賞を受賞したDaniel Kahnemanです。もう1人の著者のAngus Deatonもノーベル経済学賞を受賞しています。残念なことに、Kahnemanは2024年に亡くなりました。

  2. Google Scholarによるカウント。心理学分野では、1,000回以上引用される論文は、かなりインパクトが大きいとされます。

  3. 余談ですが、この一連の論文はすべてProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)という雑誌に掲載されています。PNAS誌は、Science誌やNature誌と並ぶ分野を超えたトップジャーナルの1つです。

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